どうも、こぐれ(@kogure1004)です。
いやぁ、まいったね。
あ、俺の家の話の最終話についてです。
ネタバレを含むので未だ見ていない方は注意して下さいね。
何がまいったってね、とりあえず9話の感想の記事を読んでみて下さい。
ね?まいるでしょ、これ。
ほぼ当たってるんだもん。
最終話の冒頭は、前回の何か起こりそうな雰囲気から一転。
観山家そろっていつもの朝食の風景から始まります。
食卓を囲みながら、年末のホセとの試合について話す寿一と寿三郎。
さくらと寿一にお風呂に入れてもらう寿三郎。
一見、何気ない、いつもの観山家のように見えました。
が。
新春能楽会当日の楽屋にて、ついに寿一が年末の試合で死んでいることが判明。
正直、やっぱりな、と思ってましたよ僕は。
9話の感想であんな予想をしてしまったばかりに、最終話序盤の違和感のある展開をコナンばりにフラグを見落とさないよう注意して見てたので。
あー、寿三郎以外誰も寿一と会話してないってことはそういうことかなーって。
極め付けは皆んなでアイスを食べるシーン。
寿一の分が足りないのに「丁度」と言ったさくら。
やっぱり寿一は死んでるわ…確信しちゃいました。
隅田川の「親というものは子を思うあまり事実を受け入れられないものだ」という謡そのもので、寿一の死を受け入れられない寿三郎の気持ちから寿一は寿三郎だけに見えていた存在でした。
(寿一自身、秀生や他の家族のことが気になって成仏できていなかったっぽい?)
前回、離見の見について話をしているシーンにて「俺なら出てきちゃうね、会いたいから!」と言っていた寿一。
やはり、本番で寿三郎の前に出てきました。
そこで産まれて(死んじゃってるけど)初めて寿三郎から褒められることで成仏する寿一。
寿三郎「俺がお前を褒めなかったのは、褒めたら終わっちゃうから。」
寿一「しょうがないよ、そういうもんだから。」
いやぁ、このシーンは泣けました。。
あぁ寿一最後に褒められてよかったね。という喜びの感情よりも、「そういうもんだから」と寿三郎のことを理解し、きちんと家族になれていることに感動しました。
寿三郎から褒められることがなく、一度は能(寿三郎)から逃げ出した寿一。
25年も家を離れていましたが介護を機に家に戻り、そこでの生活を通して最後には寿三郎を理解し、家族になることができたのだと思います。
話は変わりますが、見落としていたフラグも割とありました。
葬儀屋との打合せや寿三郎へのビデオレター、照る照るハウスとZOOMをつないでの「いただきます」などあらためて見返すといろいろと散りばめられていたなーという感じです。
さて、最後になりますが、この「俺の家の話」という作品はTOKIOの長瀬智也の最後の作品ということもあり、長瀬君の役作り、演出、キャスティングとかなり気合いが入っていた最高の作品だったと思います。
ラストのマスクを投げ捨てるシーンはスーパー世阿弥マシンとしてだけではなく、長瀬智也への(からの?)別れの挨拶と受け取らざるを得ないと強く感じました。
男からこんなに憧れられるジャニーズって今後なかなか現れないんじゃないかな。
もっと色んな作品見たかったぜあ!
今回はここまで。
僕から以上!
あったかくして寝ろよ〜